風があり寒かった
滋賀県長浜市の園児殺害事件は、刺殺を決意するまでの鄭永善容疑者(34)の心理解明が捜査の大きな焦点となる。鄭容疑者は99年8月の来日後に結婚、出産を経験。「責任感のある人」「おとなしいお母さん」という評価の一方、「子どもが遊んでいても、他のお母さんと話をすることはなかった」と疎外感を持っていたことを示す証言もある。来日からの6年半をたどった。
鄭容疑者は来日直後、滋賀県内にある日本人の夫(47)の実家近くに住み、長浜市のホテルの中華料理店で数カ月パートとして働いた。店関係者は「日本語があまりできず、皿洗いや掃除など下働きが中心だった」と話す。00年10月に長女(5)を出産し、それを機に退職したという。
00年9月から04年3月までは長浜市の3DKのアパートに住んだ。「将来は中華料理店をしたい」と夢を語ったことがあり、大家の男性は「日本語をかなり話し、道で会うとあいさつする。常識を持ったしっかりした女性だった」と話す。近くに住む主婦(39)も「自治会費も遅れずに払い、ごみの出し方が分からない時は聞きにくるなどきちょうめんだった」と話す。
一方で、長女が生まれたころから、鄭容疑者宅から夫婦げんかのような大声が聞こえるようになった。別の主婦は「仲の良い夫婦に見えなかった。日本語が完全でない部分があり、周囲から孤立した印象があった」と言う。
現在の一戸建てに移ったのは04年3月。この新興住宅街に、夫の勤務先が同じで長女と一つ違いの子どものいる女性がいた。鄭容疑者は「幼稚園のお母さんになじめないので、仲良くしてほしい」と頼み、家族ぐるみの付き合いが始まった。
「みんなが子どもを塾に行かせるようになったら、私のところも行かせないといけない」「周りに気を使わなくてはいけない。難しい」と悩みを相談する鄭容疑者。園児の母親の集団から離れて一人でポツンといることもあった。
この女性の子どもが長女と違う保育園に入ることになった昨年春、鄭容疑者はショックを受けた様子で、その後付き合う機会は減った。鄭容疑者はスーパーの服売り場に勤めていたが、そのころ辞めた。長女が年中組になり、グループ通園も始まったが、個別送迎を希望し、幼稚園にも悩みを相談していた。
別の女性によると、最近、鄭容疑者が元気のない表情を見せることがあった。長女と2人だけで公園にいたり、他の子どもと離れて遊ぶ長女の姿も見かけたという。
「日本は便利でいい」と話し、「(長女に)習い事をさせたほうがいいか」と知人に相談するなど日本に溶け込もうとしていた鄭容疑者。手作りの料理を知人にあげるなどの心遣いも見せ、花が好きだった。「2人目(の子ども)が欲しい」とも言っていたが、その中で、徐々にストレスをためていったのか。
事件のあった17日朝、グループ通園で鄭容疑者の車に乗る予定だった近くの男児(5)は眼科通院の予約が入り、迎えに来た鄭容疑者に、両親は「休みます」と伝えた。両親は「普段と変わらない様子だった」と鄭容疑者の印象を話しているという。しかし、その時、既に鄭容疑者は殺害を決意していたのだった。
順番で送り迎えをしていた保護者としての犯行。
自宅を出る時に包丁を持参してたとはかなり計画性があり、子供を守る側の保護者がなぜこのような事を犯すのか理解に苦しむ。
隣近所の誰も信用出来ないご時世にだけはなって欲しくない。
心よりご冥福をお祈りします。
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